食事摂取基準の改訂の歴史

摂取基準 本表紙

日本人の健康を食生活面から導いていこうとする国家のプロジェクト。それが厚生労働省から出ている「日本人の食事摂取基準です。

これは5年ごとに改訂されます。

食事摂取基準は栄養指導や給食計画などの基準として利用されますが、改訂のポイントを追っていくと、私たちの栄養状態がどんなことになっているのか、どちらに向かっていくべきなのかが見えてきます。

食事摂取基準の策定根拠と合わせてみていきましょう。

食事摂取基準は5年ごとに改訂されます

お食事風景

健康で長生きしたい。できればいつまでも自分の足で歩いて身の回りのことは自分でしたい。

それは誰もが思うことでしょう。

そのためには食事や運動、休養を適度に行うことが大切です。

過不足なく栄養を摂るための基準を示したものが厚生労働省から示される「日本人の食事摂取基準」です。

日本人の食事摂取基準」は5年ごとに改訂されます。

改訂の根拠は健康増進法 第16条の2に規定されています。

健康増進法 第16条の2

(食事摂取基準)

第十六条の二 厚生労働大臣は、生涯にわたる国民の栄養摂取の改善に向けた自主的な努力を促進するため、国民健康・栄養調査その他の健康の保持増進に関する調査及び研究の成果を分析し、その分析の結果を踏まえ、食事による栄養摂取量の基準(以下この条において「食事摂取基準」という。)を定めるものとする。

2 食事摂取基準においては、次に掲げる事項を定めるものとする。
 一 国民がその健康の保持増進を図る上で摂取することが望ましい熱量に関する事項

 二 国民がその健康の保持増進を図る上で摂取することが望ましい次に掲げる栄養素の量に関する事項

  イ 国民の栄養摂取の状況からみてその欠乏が国民の健康の保持増進を妨げているものとして厚生労働省令で定める栄養素

  ロ 国民の栄養摂取の状況からみてその過剰な摂取が国民の健康の保持増進を妨げているものとして厚生労働省令で定める栄養素

3 厚生労働大臣は、食事摂取基準を定め、又は変更したときは、遅滞なく、これを公表するものとする。

健康増進法食事摂取基準の目的と示す内容が書かれています。

そして、自主的な努力を促進するためとあり「日本人の食事摂取基準」は管理栄養士・栄養士だけではなく、自分個人のためとあります。

細かい数字はさておき、この5年ごとに改訂される食事摂取基準は、その改定のポイントが今現在の食生活の問題点やめざす方向性を伝えてくれるものとして大きな意味を持っているものです。

食事摂取基準の前は「栄養所要量」だった

キッチンカー

戦後の食糧難の時代、日本人にとって栄養はどの位必要なのかは科学技術庁が策定していました。

名前は「日本人の栄養所要量」でした。

すずまり

日本栄養士会で長く会長をされている中村丁次(なかむらていじ)先生による栄養士の職業倫理についてのご講演をうかがうと、「戦後の食糧難のなか、10年で栄養失調をなくしたのは栄養士が全国津々浦々をキッチンカー(栄養指導車)でまわり栄養教育をした賜物(たまもの)。これはすごいこと」とおっしゃいます。その時めやすとして活用されたのが「栄養所要量」で、「一日の必要量を満たすにはこれくらいの量」と具体的に示したものと思われます。

そして中村先生は「この中でキッチンカーを見たこと、ある人?」と問われるので、おずおずと2人くらいが手を挙げると「これはすごい。化石です!」と…

そうか、もはや化石かあ…

実は見たことどころか、学生時代、当時は臨地訓練と言っていましたが、保健所の実習でキッチンカーにて栄養指導の実習をさせていただいています。当時(昭和50年代です 汗)、都内に2台あるといわれたキッチンカーに乗れたことはとても貴重な経験でした。

この栄養所要量ですが、昭和44(1970)年より厚生省(当時)が担当することになり、初回策定としました。

以後、5年ごとに改訂されています。

平成7(1995)年の第5次改訂までは 栄養所要量として、欠乏症の予防に主眼がおかれていました。

第6次改訂の栄養所要量から食事摂取基準の名前が

第6次改訂の栄養所要量は平成12(2000)年から使われます。

第6次は大きな変換点になりました。

今までは栄養欠乏症の予防が主眼とされてきましたが、過剰摂取への対応もできる限り考慮していこうと策定されたのです。

  • 欠乏症を防ぐにはこれだけ必要・・・所要量
  • 過剰摂取による健康障害を防ぐにはここまで・・・許容上限摂取量

この二つを示すためには今までの「所要量」という名称では収まらなくなり「食事摂取基準」と称することになりました。

正式名称は「第6次改訂 日本人の栄養所要量 ー食事摂取基準ー」と併記した形になりました。

①収載するビタミンやミネラルの種類が増えました。

②上限値を設定した栄養素はビタミンは脂溶性ビタミンを中心に7項目、無機質(ミネラル)は11項目です。(太字は新規収載栄養素)

  • ビタミン:ビタミンA、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンK、ナイアシン、ビタミンB6葉酸
  • 無機質(ミネラル):カルシウム、鉄、リン、マグネシウム、ヨウ素マンガンセレン亜鉛クロムモリブデン

「食塩摂取量は、高血圧予防の観点から、15歳以上では1日に10g未満とすることが望ましい」とあり、今思えば、まだまだ牧歌的だったと思えます。

それでも、「ご飯にみそ汁、漬けもの」に主菜・副菜がつく毎日の食事の中では厳しい数値でした。

そして 推定平均必要量 推奨栄養所要量 適正摂取量 許容上限摂取量 などのことばにボ~としている管理栄養士・栄養士は(私のこと)悩まされることになります。

食事摂取基準2005年版 改訂のポイント

平成17年から使われるものは第7次改訂とはしないで「日本人の食事摂取基準(2005年版)」とし、以後西暦を用いて区別されることになりました。

2005年版では健康な個人または集団を対象としながらも、生活習慣病の予防に重点を置いています。

そして新たに「目標量」が設定され増やすべき栄養素・減らすべき栄養素、脂質の質について策定されました。

増やすべき栄養素

食物繊維、※n-3系脂肪酸、カルシウム、カリウム

※n-3系脂肪酸・・・αリノレン酸(しそ油やあまに油)・エイコサペンタエン酸(EPA)青背魚・ドコサヘキサエン酸(DHA)青背魚

減らすべき栄養素

コレステロール・ナトリウム(食塩)

脂質について

多い少ないだけではなく、その質も考慮する必要があるとしました。

  • 飽和脂肪酸…肉・乳製品
  • n-3系脂肪酸…青背魚・植物油
  • n-6系脂肪酸…植物油・肝油
  • コレステロール…動物性食品

これらの脂肪についても策定しました。

食事摂取基準2010年版 改訂のポイント

2010年版では2005年版と同様、「健康な個人または集団を対象として」としています。

今までの策定に使われた論文や最新の学術論文や資料を最大限に活用し理論や策定値の見直しを行ったとあります。

おもな変更点は以下です。

①推定エネルギー必要量が変更になりました。

  • 小児及び若年女性では減少↓
  • 高齢者では増加↑

②ナトリウム(食塩相当量)の目標値を変更

  • 男性:10g未満→9.0g未満
  • 女性:8g未満→7.5g未満

③カルシウム:「目安量」「目標量」から推奨量を目指すように変更

食事摂取基準2015年版 改訂のポイント

今までは「健康な個人または集団を対象として」とありましたが、生活習慣病の発症予防とともに「重症化予防」が付け加えられました。

すずまり

2015年版の改訂のキャッチフレーズは

生活習慣病の予防を重視。エネルギーに関する指標として、目標とする「体格(BMI)」を新たに提示~

としてBMIを用いていくことになりました。

①今までは健康な個人や集団を想定しての基準できたのですが、高齢化の進展や糖尿病等の増加を踏まえた上での「健康の保持・増進」「生活習慣病の予防」について、発症予防と共に重症化予防も視野に入れるため、策定委員には医師の先生が多くなりました。

②体格指標のBMI を使っていくことが提示され、わかりやすくなったといえます。

③肥満とともに、齢者の低栄養の予防が重要とされました。

④ナトリウム(食塩相当量)の一日の目標量がさらに減りました。

  • 男性:9.0g未満→8.0g未満
  • 女性:7.5g未満→7.0g未満

⑤小児期からの生活習慣病予防のため、食物繊維とカリウムについて、新たに6~17歳の目標量が設定されました。

食事摂取基準2020年版の改訂ポイントは「健康長寿社会の実現」

シニアの食事
すずまり

2020年版の改訂のキャッチフレーズは

~誰もがより長く元気に活躍できる社会を目指し、高齢者のフレイル予防のほか、若いうちからの生活習慣病予防に対応~

としています。

改定のポイントをみてみましょう。

活力ある健康長寿社会の実現に向けて

〇高齢者のフレイルを予防するため

  • きめ細かな栄養施策を推進するために50歳以上について、より細かな年齢区分になりました
  • 50歳以上のたんぱく質の目標値の下限値が引き上げられた(筋肉を落とさないようにする)
  • 65~69歳の目標とするBMIの範囲の下限値が引き上げられた(やせすぎはいけない)

2015年版で体格指標のBMI を使っていくことが提示されましたが、今回はシニア世代ではどちらかというとしっかり食べていきましょうという方向が示されました。

フレイル

フレイルは年をとって体や心のはたらき、社会的なつながりが弱くなった状態を指します。そのまま放置すると、要介護状態になる可能性があります。

詳しくは厚生労働省の「高齢者のフレイル予防事業」のページより「食べて元気にフレイル予防」のパンフレットをご覧ください。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000089299_00002.html

〇若いうちからの生活習慣病予防を推進するため

  • 飽和脂肪酸、カリウムについて、小児の目標量を設置
  • ナトリウム(食塩相当量)が0.5g引き下げて1日に6g未満に 高血圧と慢性腎臓病の重症化予防
  • コレステロールについては脂質異常症の重症化予防のため、新たに1日に200㎎未満に

食塩の基準がさらに低くなって、厳しいところですが、高血圧や腎臓病予防のために若い時から取り組む必要があるということが強調されました。

EBPM(根拠に基づく政策立案)の更なる推進に向けて

厚生労働省から出された概要の【主な改定のポイント】には食事摂取基準を利用する専門職などの理解の一助になるよう、目標量のエビデンスレベルを対象栄養素ごとに新たに設定した。とあり新たに以下の表が示されました。

エビデンスレベルの表
  • 目標量:現在の日本人が当面の目標とすべき摂取量として設定されたもの
  • 介入研究:観察集団に対して、原因だと考えられることがらを人為的に加減して、結果の発生率を調べる研究
  • コホート研究:ある程度の規模の集団(大勢)をある程度の長期にわたって追跡した研究
  • メタ・アナリシス:複数の研究の結果を統合し、分析すること

エビデンスレベルは上に行くほど信頼性が高くなります。

栄養疫学の第一人者とされ、食事摂取基準の策定でも中心となっている佐々木 敏(ささき さとし)先生は早くから「科学的根拠に基づく栄養学」が大切であると提唱されてきました。

そのことがだんだんと結実していると思います。

すずまり

余談ですが、2000年に 国立健康・栄養研究所にヒューマンカロリーメーターが日本で初めて設置されました。部屋になっているそうです。どんなものかしら?職場から近いし、いつか見てみたいと思っていました。縁あって2004年に地元の職域栄養士会で見学に行くことになりました。

その日は二つある部屋のうち片方の部屋でアルコールアンプに火が灯されて、燃焼の実験をしていました。

見学が終わって同業者20人程と研修室にいると佐々木 敏先生がいらっしゃり、来年改定される食事摂取基準(2005年版だったと思います)について講義をしてくださいました。

そして、「策定するにしろあまりにも日本人のデーターが少なすぎる。あなた方、専門職ならデーター作りに協力するべきでしょう」と強くおっしゃられたのが思い出されます。その後、息子がヒューマンカロリーメーターに入って微力ですが協力させていただきました。

食事摂取基準に付随して出されるもの

「日本人の食事摂取基準2020年版」が出され、2020年から5年間使っていくんだとなりましたが、これはあくまでも 厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定委員会報告書 という報告書です。

報告書は報告書、強制力はありません。

そこで、食事や給食にかかわる施設を監督する省庁は「食事摂取基準が変わるから対応するように」と、発令の文書を出します。

例として以下の文書は厚労省健康局長名で都道府県の知事、市長、区長等に向けて出されたものです。

食事の基準変更文書

また、厚労省の社会・援護局からも技術的援助として基準が変わりましたので「取扱いにつき遺漏なきよう願いたい」とした文書が知事、市長等に出されています。
学校給食については文部科学省から出ますが、運用は1年ほど後からになります。

こうして見ていくと食事摂取基準の改定の方針は多方面に渡ることがわかります。

ですから尚のこと科学的根拠が大切になるわけですね。

食事摂取基準が変わる前年度の半ばから現場の管理栄養士・栄養士は改定のポイントなどを講習会で事前に仕入れて新年度からの仕事にすぐに生かせるように準備いたしますが、「対応するように」と文書も出ていることは今回知りました。

【まとめ】食事摂取基準の改定は科学的根拠に基づいて

食事摂取基準について取りとめなく書いてしまいました。

戦後の食糧難の時代から、私たちが長寿を誇れるようになった昭和40年代、そして栄養の過剰の問題が表出してきた昭和から平成の時代。そして令和の時代は高齢者の栄養に焦点があてられた「日本人の食事摂取基準2020年版」

食事摂取基準は厚生労働省の「策定検討委員会報告書」という形をとっていて、ほぼ500ページにも及んでいます。そのほとんどのページは数字の根拠が示されています。委員の先生方の労作の賜物です。

日本人のデーターが少ないと言われた日からずいぶん経ちましたが、2020年版でも外国のデーターが目立ちました。

そして、巷では首をかしげたくなるような健康情報の氾濫。

食事摂取基準の策定の心を大切にして、情報の発信には心して取り組まなければなりませんね。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

〈参考〉

  • 厚生労働省Webページ:「日本人の食事摂取基準」「日本人の栄養所要量」
  • (公社)日本栄養士会:日本栄養士会雑誌
  • (公社)東京都栄養士会:機関誌とうきょう

☆管理栄養士 すずまり が書きました。

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管理栄養士のすずまりです。 食べものの文化的な側面など「おとなの食育」の観点から書いています。